執務室は保育園 番外編




 神聖ブリタニア帝国第99代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの執務室の隣が、彼が廃嫡して宮殿から退出させた皇族、特に先帝シャルルの皇妃が、ルルーシュに押し付けるようにして遺していった子供たちのための部屋、保育園のような状態になっているのは、もはや国内で知らない者はいないような状況である。そしてそこにいる子供たちが、その異母兄であり皇帝たるルルーシュを、執務で忙しい中、自分たちを棄てていった皇妃であった母親よりも、もちろん他の者たちの手も借りてとはいえ、自分たちを愛しみ、大切にしてくれていることも理解しており、慕っていることも含めてのことだ。
 そんなある日、元第5皇女カリーヌがルルーシュに対し謁見を求めてきたと、ナイト・オブ・ワンとなっているジェレミア・ゴットバルトからの報告がルルーシュに齎された。
「カリーヌが?」
「はい。既に廃嫡となっておられるとはいえ、仮にも元は皇女であられた方ですので、無碍にも出来ないということで、私の許に報告が上がってまいりました。如何なさいますか?」
「……カリーヌは一人で?」
 暫し逡巡した後、ルルーシュは確認するように尋ね返した。
「はっ、確認しましたところ、そのようです。しかも、かなり思いつめた様子のように見受けられたと。ですから余計に担当者は悩んだのでしょう」
 顎に手を当てて考え込んだルルーシュは、顔を上げてジェレミアに応じた。
「よかろう。元とつくとはいえ皇女、そして私にとっては異母妹の一人だ。会ってみよう。とはいえ、私一人ではおまえも納得しないだろう。いつものように私の傍に控えよ。それならよかろう?」
「イエス、ユア・マジェスティ」
「では今から30分後に謁見の間で」
「畏まりました」
 そう応えると、ジェレミアは軍人らしくきびきびした動きで、ルルーシュに一礼すると執務室を退出した。
 そして30分後、ルルーシュはカリーヌが一人待つ謁見の間にジェレミアを連れて入室すると玉座に腰を降ろした。
「……こ、皇帝陛下には、突然の、ことにもかかわらず、謁見の申し込みを、お受けいただきまして、ありがとう、ございます」
 つかえながら、カリーヌは頭を下げてそう言葉を綴った。現在、この謁見の間には、皇帝たるルルーシュとその騎士たるジェレミアの他、侍従や近衛が数名控えている。確かにカリーヌは先帝シャルルの娘、第5皇女ではあったが、ルルーシュによって既に廃嫡されており、現在は母親の実家に身を寄せており、貴族制度もあらかた廃止されている現在、一般市民といっていい状態であり、つまり、カリーヌはとても皇帝に目通り出来るような立場にはないのである。たとえルルーシュの異母妹であるとはいえ。
「今日はたまたま時間がとれたのでな。で、何用で参った? 文句でも言いに来たか?」
 ルルーシュは、からかう、というほどの意味を持ってではなかったが、わずかばかりの笑みを浮かべながら、俯き気味のカリーヌにそう声をかけた。そしてそう声をかけられたカリーヌは、己は嘲笑されているのだろうと、受け止めていた。そしてそう思われても致し方ないと思っていた。それでも、己の気持ちを正直に話して、受け入れてほしいと、勇気を振り絞って、ゆっくりと、たどたどしくはあったが、口を開いた。
「……へ、陛下のご命令で、私も母さまも、他の皇族たちと一緒に、宮殿から下がりましけど、正直、……陛下に対して反発しか、持ってませんでした。……でも、私、考えたんです。母さまは、今でもそうですけど……、けど、私たち、確かに、その、陛下が仰られていたように、その、……皇族だっていう、立場に、なんていったらいいのか、よく分らないんですけど、何をしても許される、みたいな感覚があって、もちろん、皇族だから、やらなきゃいけない公務があるのも分ってはいたけど、でも、私はまだ、公務につくような年齢ではなかったから、……その、まだ何もしなくていい、ただ、皇族としてそれなりに、恥ずかしくない、相応しい所作や教養、知識とかだけを身につけて、あとは、少しでも継承権をあげることだけ考えればいいって、そう思ってました。本当に、最初は、へ、陛下に対する反発しかなくて……、でもだんだん冷静になって、暫くして落ち着いてから、色々考えてたら、なんていうか、陛下が国内を変えていかれる状況も合わせて見ていると、私の、私たちの考えって、どこか間違ってたんじゃないか、って、そう、思えてきて、本当に、今更だな、って、そう思うんですけど、今更なことで恥ずかしいことを言い出してるなって自覚はあるんですけど、でも、仮にも皇族だったんだから、今からでも、何か少しでも出来ることは、陛下のお力になれることはないかな、って、そう思って……。母さまには反対されたし、私なんかが出来ることなんて、無いだろうとも思ったんですけど、それでも、もし何かあったら、そう思って……恥を忍んで、お伺いしました……」
 そう告げたカリーヌの始終俯いたままの顔は、玉座に座するルルーシュから見ても、カリーヌが言葉の中で告げていた通り恥ずかしさからなのだろう、真っ赤なのが見て取れた。暫く黙って考えるようにしていたルルーシュの言葉を、赤い顔を、今度はだんだんと青褪めさせて待っているカリーヌの様子を見ていたルルーシュは、自分の斜め後ろに控えているジェレミアを呼んだ。
「ジェレミア、咲世子を呼んでくれ」
「はっ」
 ルルーシュからの一言に、ジェレミアは謁見の間の端に控えている侍従の一人に伝えた。
 暫くして、今ではこのペンドラゴン宮殿の女官長になっている篠崎咲世子が謁見の間に入ってきた。
「篠崎咲世子、お召しにより参りました」
「咲世子、これへ」
「はい、陛下」
 咲世子は、玉座のある段の下、カリーヌの前に真っ直ぐに立った。
「カリーヌ」
「は、はいっ」
 名前を呼ばれたことに、カリーヌは反射的に顔を上げたが、しまった、というように慌てて再び下げようとしたのをルルーシュが遮った。
「そのままでよい」
「は、はい……」
「彼女は篠崎咲世子。かつておまえたちが、ナンバーズ、イレブンと呼んで蔑んでいた日本人だが、私が最も信を置く女性の一人で、現在はこの宮殿の女官長を任せている」
 カリーヌはルルーシュのその言葉に目を見張って咲世子を見つめた。
 最も信を置く女性にして女官長── それはブリタニア人の誰よりも、ということだ。ブリタニアの君主たる異母兄、皇帝がブリタニア人よりも。つまり、それは逆に言えば、ブリタニア人で彼女以上に信頼を置ける女性はいないということでもある。実際にはカリーヌが知らぬだけで、ミレイ・アッシュフォードやセシル・クルーミー等がいるのだが。とはいえ、宮殿内に限れば、決して間違いではない。
「彼女の指示の下でということになるが、それでもよいというのであれば、やってほしいことがある」
「……な、なんで、しょうか……?」
 少なくとも、自分に出来ることがあるということなのだと思い、尋ね返した。
「一部の皇妃たちが、此処を去る際、幼い子供たちを置き去りにしていったことは知っているか?」
「え? あ、はい。噂になっているのを聞いたことはあります。どこまで本当かは確かめたことありませんけど」
 それは本当のことなので、カリーヌは淀みなく答えた。
「事実でな。10歳以下の子供たちがそれなりの人数いる。現在、咲世子が中心となって、専門の者たちに面倒を見させているのだが……」
 ルルーシュは些か困っている、という風情の表情を見せながら言葉を綴り、それを見たカリーヌは、噂は本当だったのかと納得した。
「それで、もしそなたがよければ、の話だが、その手伝いをしてもらいたい。同じ皇族とはいえ、他の皇家の子供たちだ、顔見知りはいないだろう。というより、いたとしても、以前の国是からすれば、政敵関係、追い落とすのが当然だった関係にある相手だ。だが今は違う。皆、親に見捨てられた子供たちだ。それに、私が皇帝となって以降、これまで面倒をみてきた経緯もある。そこに、母が違うとはいえ、半分は血の繋がった実の姉となれば、感情もまた以前とは違ったものとなるだろう。どうだろう、やってもらえるだろうか?」
「……わ、私なんかで、いいんでしょうか? 子供の面倒をみるなんて、そんなこと、やったことないし、出来るとも思えないんですけど……?」
「難しく考えることはない。面倒を見る、ということでいえば専門の者がいる。どちらかといえば、遊び相手、あるいは勉強をみてやるとか、と言ったほうが正しいかもしれない。お前の方が年齢が近いからな。大人たちばかりより、自分たちに少しでも年齢が近い者がいたほうがいいかもしれないと思う」
 ルルーシュの言葉を聞いて、カリーヌは本当にそんなことでいいのだろうかと思い、そのまま口に出してしまった。
「本当に、そんなことでいいの?」
「ああ、本当だ。出来れば常に私が共にあれればいいんだが、執務の関係上、そういうわけにもいかなくてな。どうしたものかと考えていたところなんだ。だからおまえが私のかわりに子供たちに対応してくれると助かる」
「……や、やります! いえ、やらせてください、陛下!」
 カリーヌはほんの一瞬ともいえぬ僅かの間考え、叫ぶように答えた。それは、その前のルルーシュが言った“血の繋がった実の姉”という言葉があったこともあったのかもしれない。
「では頼もう。詳しいことは咲世子に聞いてくれ。ああ、咲世子、後で、出来るだけ近い処にカリーヌの部屋の用意を」
「畏まりました、陛下」
 咲世子はルルーシュに頷き、カリーヌに向かって、「ではこちらに」と案内するように促した。カリーヌはそれに従って咲世子の後を追うように謁見の間を後にしようとした。そんなカリーヌにルルーシュが声をかける。
「ああ、カリーヌ」
「は、はい、陛下」
 足を止め、振り返ってルルーシュに対してカリーヌは礼をとる。
「異母とはいえ、私はおまえの兄で、おまえは私の妹なのだから、“陛下”などとあらたまる必要はないよ。現に、子供たちも皆、私のことは“兄さま”と呼んでいるからね」
 その言葉に、カリーヌの顔がパッと明るく光り輝いた。そんな言葉をかけてもらえるなどとは思っていなかったからだ。
「あ、ありがとう、お、お異母兄(にい)さま!!」
 そんなカリーヌに、ルルーシュは綺麗な微笑みを見せると玉座を下りて謁見の間を後にした。それを見送って、咲世子に促され、はっとしてカリーヌも謁見の間を去った。
 そうしてまずは子供たちの部屋に案内されたカリーヌは驚いた。隣が皇帝執務室だと教えられたからだ。
「ほ、本当なんですかっ!?」
「はい。普段はきちんと執務をしておられますが、どうしてもお子さまたちのことが気になられるようで、どうしても急ぎで片付けなければならないものや外すことが出来ない時以外は、何かあれば直ぐに顔を出されます。そうすると、お子さまたちも安心されるようで、落ち着かれますので。お子さまたちは本当に陛下に懐かれておいでです。まずは、他にお子さまがたのお世話をされている方々をご紹介いたしますね」
 そう言って、他の者たちをカリーヌに引き合わせた後、ちょうど昼寝時であったことから、寝ている子供たちを次々とカリーヌに教えていった。学校に行っている子供たちについては、学校が終わると即効で此処に帰ってくるから、帰宅次第紹介しようと咲世子は告げた。
 とりあえず、今日は紹介と、してもらうことの大まかな説明などをし、他の者たちが更にもう少し細かい説明をしている間に、咲世子はカリーヌのための部屋の用意をすると、ちょうど説明が終わった頃に戻って、カリーヌに部屋の用意が出来たとして、部屋へと案内した。それは子供たちの部屋からほんの数部屋しか離れていないところで、それはすなわち、ルルーシュの執務室、子供たちの部屋とは反対側にある私室からもさほど離れてはいないということでもある。
 カリーヌは本当にこれでいいのかと頭を捻りまくるが、咲世子はそれを察したように微笑みながら告げた。
「ルルーシュ様がお認めになられたのですから、よいのですよ。ルルーシュ様が問題があると思われたなら、お子さまたちをお任せになられるなどとは仰られないでしょうから。
 ところでカリーヌ様、お着替えなどのお荷物は?」
「え? あ、いきなりこんな展開になるとは思ってなかったので、今日は何も……」
「そうですか。今のお住まいはペンドラゴン市内ですか?」
「ええ、母さまの実家に。この宮殿からは往復で1時間位、かしら?」
「では、夕食の時間には十分に間に合いますね。これから必要な物を取りに行かれて、そして夕食までに戻られて下さい。ちなみに夕食には、お子さまたちは今はまだお子さまたちだけでおとりいただいておりますが、ルルーシュ様の他に、C.C.様、血の繋がりはおありではありませんが、ルルーシュ様の弟のロロ様、ロイド博士、その助手のセシル女史、騎士のゴットバルト卿、それから給仕役も兼ねてですが私も同席させていただいております。今日からはそこにカリーヌ様も加わられることとなります」
 笑顔で告げられた内容に、ルルーシュとの謁見以降、父親であった先帝シャルルの時代には考えられない驚きの連続に、もはやどうしたらいいのかわからなくなりつつあるカリーヌだったが、ともかくも、現在の皇帝は異母兄のルルーシュであり、自分に説明をしてくれているのは、そのルルーシュに女官長として任命されている目の前の女性である以上、その言葉に従うべきなのだと、自分に言い聞かせて、ただ黙って頷いた。
 そんなカリーヌの心の葛藤も見抜いた上で、咲世子はカリーヌを送り出した。そしてまだ用意したり得ていなかった部分を、カリーヌが戻る前に終えるべく手配を進め、カリーヌがその部屋に戻ってきた頃には、完全にカリーヌの部屋として用意の整った部屋が彼女を出迎え、また、咲世子が告げたとおりの面々が、ダイニングルームで夕食の席についてカリーヌを待っていた。



 翌朝、朝食を終えて子供たちの部屋に行こうとしたカリーヌを咲世子が呼び止めた。
「何か?」
「カリーヌ様もまだ年齢的には学生といっていいお年頃。ルルーシュ様のご命令で、昨日、手配を致しました。編入の手配自体は昨日のうちに直ぐに済んだのですが、制服や教科書などはさすがに無理でしたので申し上げませんでしたが、今朝一番で届きました。かつてヴィ家の後見を務めていらしたアッシュフォード家が開校したアッシュフォード学園が、エリア11、現在の日本に開校していた学園を閉鎖し、新たに本国、このペンドランに開校されました。ロロ様もその高等部に通っていらっしゃいます。ルルーシュ様から、せめて高等部は卒業なさるように、とのお言葉です。その後については、大学部に行かれるもよし、就業されるもよし、その判断はカリーヌ様にお任せされるとのことです。ですが、私見ながら、お気持ちとしては、大学を卒業するくらいの知識は身に付けていただきたいと思われているようです。
 お子さまたちのお世話については学校から帰宅した後に、と。ただし、勉学も決して疎かにしないように、とも。制服や教科書などは先程お部屋の方にお届けしておきました。正面エントランスでロロ様がお待ちですので、ご一緒に学園に行ってらしてください」
「……私なんかが、そ、そこまでしてもらって、いいんでしょうか……?」
 眉を寄せながら、上目遣いでカリーヌは咲世子に尋ねた。
「何を仰います。カリーヌ様はルルーシュ様にとっては大切な妹君。当然のことです。ただ、それに甘えて何でも許されると思われることなく、義務を果たされれば、何も問題はございません」
「……義務……」
 その一言をカリーヌは繰り返した。思えば、以前の自分は権利だけを行使してきて、義務など考えたことはなかったと。ましてや何も行ってこなかったと。だからこれからは、ルルーシュから齎されることに対して、それに見合う義務を果たすべく、そのためにもまずは学業に励み、子供たちの面倒を見るのが今の自分の為すべきことなのだとの思いを強くした。



 それから数ヶ月、カリーヌはロロと共にアッシュフォード学園に通い学業をこなしながら、学園から宮殿に戻ると子供たちの部屋に行き、子供たちの世話という名の遊び相手や簡単な家庭教師めいたことをし、そのあと、夕食を挟んでまた子供たちの部屋へ。子供たちが寝ると、自分の部屋に戻って宿題や予習・復習などを行い、自分を皇女としてではなく、皇帝の妹であるとはいえ、あくまで一人の人間として扱う周囲に囲まれて、以前のように当然のように、権利だけを振りかざすことなく、自分に与えられた義務を、なさねばならぬことをことをなし、ルルーシュの妹として恥ずかしくない存在になりたいと思いながら日々を過ごしている。
 ちなみに、食事については、最初に咲世子が告げたように、ルルーシュが子供たちと一緒にということは基本的にはなかったが、それでも、執務に余裕のある本来の休日など、ランチは天気がよければ皆揃ってで庭園で、天候がよくない時は庭園に面した広めの部屋で摂ることがある。とはいえ、休日と言っても、皇帝という立場にある以上、ルルーシュは多忙で、月に1、2回程度ではあるのだが。実際、そこまではカリーヌもまだ知らないが、普段でも執務に追われて食事抜きになりそうなところを、周囲の者たちが、強引に食卓に座らせているような部分もあるのが実情だったりする。
 そんな中、日々の、共に過ごす時間は短いが、それでも続けば、いつしか子供たちもカリーヌに懐いてくれるようになっている。「姉さま」「ねえ、たま」と。
 以前は、異母兄弟姉妹など、ただ皇位継承を巡って争いあう政敵関係しかなかった。せいぜい、自分の継承順位ではとうてい皇帝位など望めないから、皇位につく可能性の高い極一部の上位の者に対して、少しでもいい待遇を得ることが出来るように接するか、あるいは確実に目下の者を見下した扱いをするか、ほとんどそのどちらかで、世間一般的な兄弟姉妹の関係など全く無かった。他人よりも遠い他人だった。けれど今は違う。確かに異母であり、血の繋がりは半分だ。それに変わりはない。けれどルルーシュは違う。皇妃たちが置き去りにしていった子供たちに対してはもちろんだが、一度は母に従って言われるままに宮殿を去り、今更のように悩み考えた挙句に戻ってきたカリーヌをも、本当に、とても大切な弟妹として接してくれている。
 そんな中で一人異色なのは、ロロ、だろう。一つには、全く血の繋がりが無いということがあるが、それ以上に、詳細は教えて貰うことは出来なかったが、カリーヌがC.C.から聞いた話によると、わけあって1年ほど兄弟として過ごしていた時期があったこと、そしてルルーシュが殺されかけた時、ロロが命がけでルルーシュを助けたのだということだった。だからその時から、ルルーシュにとってロロは、偽者ではなく、真実の、大切な弟になったのだと。
 ルルーシュと同母の妹であるナナリーはルルーシュを信じることをせず、シュナイゼルの言葉を信じて敵対し、あろうことか帝都ペンドラゴンに対して、結果的には未然に防がれたが、第2次トウキョウ決戦で使用されたフレイヤを投下したという。なのに、たった1年程共にあっただけのロロはルルーシュを理解し、信じて、己の命を懸けてルルーシュを助けようとした。血の繋がりだけではないのだ。互いに相手に対する思い、理解、信頼、そういったものの方が大切なのだろう。
 ブリタニア皇族は、皇族間での争いごとが多かった。特に先帝時代は先帝自身が何よりも弱肉強食を強く謳い、兄弟姉妹間での皇位継承権を巡っての争いも奨励していたから尚更だった。そんな中、ルルーシュは違った。相手への思いを大切にしたのだ。母親を殺され、ナナリーが重症を負った時、せめてナナリーの見舞いをと父帝に訴えて、退けられ廃嫡され、さらには開戦がほぼ決まっていた日本に送られた。やがて戦争が起こり、無事に生き延びた二人は、かつてヴィ家の後見だったアッシュフォードの庇護を受け、名前を変えて隠れて密やかに生きていた。ルルーシュは必死にナナリーを守りながら。そしてナナリーは、それがどれほど大変なことだったか何も気付かず、その日々を当然の日常として受け入れていた。だから簡単にシュナイゼルの言葉を信じて受け入れ、ルルーシュを悪として敵対した。そして敗者となった元皇族のナナリーとシュナイゼル── コーネリアは途中で意見の対立から分かれたとのことで、フレイヤ投下の件から、世界中に指名手配となっている── は生涯幽閉となり、獄中にある。処刑を、との声もある中、ルルーシュは幽閉に留めたわけだが、そのほうがナナリーらにとっては屈辱だろう。獄中ということで限度はあるとはいえ、自分たちが否定したルルーシュによってより良い方向に改革されていく国の有り様を、否が応でも耳目に入れて過ごすことになるのだから。
 カリーヌは皇族復帰して以降のナナリーのことを思い返していた。
 皇室に戻ってきたナナリーは、皇族としての振る舞い、嗜みの殆どを忘れていた。というより、年齢的に、きちんと身に付ける前に追い出されたようなものだったのだから、それ以前のものだったのかもしれない。それでも、それなりの礼儀礼節はわきまえてはいるようだった。ただそれが皇族としてのそれとは、少しばかり違っていただけで。ナナリーが送られたかつての日本、その後のエリア11では、保護されるまでは市井で一般市民に紛れて生きていたというのだから当然だろう。それでも、その程度で済んでいたのは、そして呆れるくらいに皇室の闇について何も知らずに平然と戻ってこられたのは、兄であるルルーシュが必死になってナナリーを守り育てたからだろうということは簡単に想像がついた。実際、ナナリーはエリア11で起きたイレブンの一斉蜂起であるブラック・リベリオンの直前まで共にいたと言っていたのだから。
 けれど守られすぎて、知らなさすぎて、だからナナリーは勘違いしたのだ。自分は何をしても許されるとばかりに、自分の考えは間違っていないと。否定されたことなどなく、そして望んだことを、兄のルルーシュは必死で叶えて続けてきたのだろう。そして間違えた。
 いい例がエリア11総督就任だ。皇族として相応しい立ち居振る舞いを完全に身に付けぬままだというのに、周囲がどんな風に自分を見ているか、何も気付かぬままに、更には為政者として人の上に立つ者が持つべき知識などほとんど持たないままに総督となることを望んだのだ。そしてなぜか父帝はそれを認めてしまった。ナナリーに総督たる資格や能力などないのは明らかなのは分っていただろうに。それがよけいに冗長させたのだろうか。あろうことか、就任会見で、ブラック・リベリオンの引き金となった“日本人虐殺”を行った元第3皇女ユーフェミアの提唱した“行政特区日本”の再建を、誰に諮ることもなく、唐突に公表したのだ。まるでユーフェミアが行ったのと同じように。結果的にナナリーの望んだ“行政特区日本”の再建はゼロの姦計によって失敗に終わったが、それでも、ナナリーは“イレブンの皆さんのため”、否、“日本人の皆さんのため”という方策を変えようとはしなかった。ブリタニアの国是は弱肉強食であり、そうである以上、敗者であるイレブンとなった日本人は差別されてしかるべき存在という考えだった当時においては、それは明らかに国是に反しているというのに、差別を間違っていると言い続ける。そうして、イレブンのためにならない事は認めないのだ。肝心の、優先させるべきブリタニア人にたいする施策をさしおいて。
 ナナリーとユーフェミアはよく似ている。二人とも守られすぎて、綺麗なことしか見ていないから、汚いことや闇を知らない。そして望んだことは何でも叶えられていたから、望めば叶うと信じていた。そのために周囲がどれほど苦労していたか、場合によっては被害を受けている者がいたかも知らない。その一方で、“誰かのため”と言いながら、その”誰か”が本当に望んでいることが何かということを知らない、知ろうとしない。自分が考えていることが正しいと、それをすれば喜んでくれるはずだと、そう思い込んでいる。なんと愚かな、浅はかなことだろうか。その結果が、ユーフェミアの場合はブラック・リベリオンの引き金となった“行政特区日本”の開会式典会場での乱心の上の日本人虐殺の末、ゼロによって撃たれ、死に至った。ナナリーの場合は、100万人のゼロ── に扮したイレブン── のエリア11からの脱出であり、それを発端とした超合衆国連合の成立、日本奪還のための黒の騎士団と対する第2次トウキョウ決戦、そしてそこで放たれたフレイヤ弾頭によってトウキョウ租界に出来た巨大なクレーターと数千万の被害。フレイヤは政庁を中心として放たれていて、だからナナリーもそこで死亡したと思われていた。一時停戦状態になったあとも一度も姿を見せることも声明もなかったのだから、そう思われたのは当然だろう。けれど実は生きていて、何ヶ月もたってから、宰相だったシュナイゼルによって彼女こそが皇帝だとして現われたのだ。しかもあらかじめ取られていた対策のために不発に終わったとはいえ、ペンドラゴンに向けてフレイヤを投下して、皇族に復帰するまでずっと自分を守り育ててくれた兄のルルーシュを敵として。
 戦いに勝って覇権を確立したルルーシュによってブリタニアは変わった。ブリタニアだけではない、世界の在り方も。それらの変化の中心にあるのは、間違いなくブリタニアであり、更につきつめていけば、ルルーシュによって行われている変革だ。
 シャルルの時代の政は、国のためと言いながら、実際には自分と極一握りの仲間たちの望みを叶えるために世界各国を征服するために侵略戦争を行っていたのだと、カリーヌはこれもC.C.から聞いた。対して、ルルーシュは国民のための施政を行っている。それも、かつてのユーフェミアやナナリーのただ“誰か”のための“誰か”の望みを無視した身勝手な思いからのものではなく、かつて市井で過ごしていた当時の実体験からのものもあるだろうが、ほかにも様々な形で人々の意思を拾い上げ、それを反映させている。目指しているのは、ユーフェミアやナナリーが望んだという“優しい世界”だが、彼女たちが言っていたような上っ面の言葉だけの物ではない、実態を伴ったものだ。人は皆、平等に生きる権利がある。確かに、人それぞれに持って生まれた能力や、生まれ育った環境による差というものはどうしても生じる。しかし、たとえ程度の差はあったとしても、教育や医療をはじめとした様々な福祉、就業の機会、それに必要な補助など、生きていくうえで必要なことは誰もが受けられるようにした。まずはそれが基本だというように。しかし、そうして権利を与えるだけではなく、義務も課した。権利を訴えるなら義務も果たすべきであり、義務を果たしてこそ権利が生じるということだ。
 ルルーシュは皇帝位について以降、まずは弱肉強食の国是を廃し、差別を禁した上でライフラインや様々な公共施設の整備など、夢物語や理想だけではない、実生活に根付いたものをきっちりと行っている。だから義務を課されたとはいえ、それはそのほとんどがもともとあったものであり、税率などについては、貴族たちなど一部の者に対する特権が奪われたことによって、逆に低くなっているものもあり、それゆえに国民はルルーシュを支持し、その施政を喜んで受け入れている。皇族も皆廃嫡されている。宮殿を去った皇妃たちが置き去りにしていった子供たちも、ルルーシュの弟妹ということで宮殿で面倒を見られているとはいえ、立場的には皇族ではないのだ。それは宮殿に戻って子供たちの面倒を見ているカリーヌにしてもそうだ。したがって、皇帝たるルルーシュ以外、皇族というのは一人もいない。ちなみにそんな子供たちやカリーヌ、ロロ、C.C.などに関する費用については、実はルルーシュの私費だったりする。皇族ではない者のために公費を使うことは出来ないし、家族の生活を支えるのは、その家族で収入がある者であるのは当然のこととの考えかららしい。更に付け加えるなら、普段の食事などは質素なものだ。かつてカリーヌが皇族として離宮にあった頃とはかなり違う。栄養はきちんと考えられたものであったし、味はこの上もなかったが。そんなところも、国民の間にひろまっていたりして、ルルーシュに対する支持を高めている。
 それらのことからカリーヌは思う。
 これから先、兄たるルルーシュがブリタニアをどう導いていこうとしているのか分らない。このまま帝政を続けるのか、それとも他の道を選ぶのか。けれど、身近に過ごすようになってまだそれほどの時はたっていないが、この兄が如何に優しい人であるか、如何に皆── 国民、あるいは弟妹たち家族── のことを考えてくれる人であるかは分かった。全てを理解したなどとはとうてい言えるレベルではないが、それでも分かる。だから、この優秀すぎて、国民だけではなく、他国からも“賢帝”と呼ばれていることを考えると、現在、高校に通いながら子供たちの面倒を見るくらいしかしていない自分にどこまでのことが出来るか分らないが、いずれ子供たちが成長して面倒を見る必要がなくなったら、少しでもこの兄の手伝いをしたい、ほんの一端なりとも力になりたい、そう思う。そしてそれは、多分に、今、面度を見られている弟妹たちにも言えることではないだろうかと考える。成長したら、今の自分と同じように、皇帝としての執務で忙しい中、母親に棄てられた自分たちを育ててくれた兄の力になりたいと、当然のように考えるのではないかと思うのだ。

── The End




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